ジャカルタにホイス・グレイシーがやって来る!

インドネシアは、いろいろな意味で日本よりも豪快だと筆者は思う。

筆者が総合格闘技MMA(Mixed Martial Arts)を始めたのが2001年。その頃は首都圏にMMAのジムが続々と登場し始めた時代だ。ちょうど桜庭和志や佐藤ルミナ、宇野薫、桜井マッハ速人などが選手としての全盛期を迎えていた。

どこで新しいジムができた、という情報は専ら同門の先輩から教えてもらう。当時は今よりも気軽にネット接続できる状況ではなかったし、ジム側もプレスリリースというものをあまり出していなかった。

だが、2010年代のインドネシアの場合はすでに無料のインターネットインフラが確立している。これから発足する新しいジムは、大々的なPRをネット上で行う。

そしてここからが肝心なのだが、インドネシアのマット界は資金力の面で恵まれているという点がある。

ジムのオープニングイベントに

南ジャカルタに『Tatsujin MMA』というジムがオープンする。

その記念イベントが7月17日に行われるのだが、その内容はホイス・グレイシーのブラジリアン柔術セミナーである。

筆者はこのイベントの広告を見た時、我が目を疑った。ホイス・グレイシーといえば、言わずと知れたマット界のレジェンド。MMAの歴史は、ホイスがUFCトーナメント(アメリカ合衆国の総合格闘技団体)を連覇することで始まった。高校時代の筆者は、2000年5月1日に行われた桜庭VSホイスの試合をVHSで何度も鑑賞した。

そのような人物を、ジムのグランドオープンのためにわざわざ招聘する。当然、それをするにはまったくの無一文というわけにはいかない。

このセミナーの参加費用は、決して安くない。ジム会員は95万ルピア、部外者は120万ルピアの入場料が求められる。日本円で1万円前後である。首都の最低法定賃金が未だ300米ドルに到達していない国で、このような高額のセミナーは成立するのだろうか。

富裕層が対象

Tatsujin MMAの所在地は、南ジャカルタの複合商業施設『South Quarter Dome』である。

この施設自体、対象がアッパーミドルクラス以上だ。そしてこうした場所は、常に集客の見込めるテナントを求めている。MMAを教えるジムも、そのひとつということだ。

先ほど「このような高額のセミナーは成立するのだろうか」と書いたが、じつはその疑問はナンセンスである。当初からアッパーミドルクラス以上の人々を呼び込む予定なのだから、「ホイスのセミナーが1万円」というのはむしろ安いほうかもしれない。

言い換えれば、ジャカルタ首都圏在住のMMA選手にはそれだけの経済力があるということだ。喧嘩で鍛えた腕っ節で貧困脱出を目指すという昔のボクシングのような空気は、ブラジリアン柔術とMMAには微塵もない。

ジャカルタ市民の「フィットネス意識」

ホイスのセミナーは、インドネシアの豊かな層がスポーツにどれだけの費用をかけるかという点で大いに参考になる。

逆に言えば、現地のワーキングクラスにとってMMAはあまりにハードルが高いということになる。現実問題、ホイスにたった一度だけ柔術を学ぶよりも、その金でランニングシューズを買ったほうがいいと判断する人が多数派ではないだろうか。このことについては以前記事にしたが、富裕層がスポーツに大金を投じれば投じるほど、庶民層が「自分たちにもできる形」としてスポーツを受容していくのだと筆者は考えている。

市民に「フィットネス意識」というものがなければ、ジョギングをする人に対して「君は何をしているんだ」としか声をかけられない。新興国の場合、その意識は往々にして富裕層が起点となる。

インドネシアのマット界は裕福な環境下で成立しているが、それを観ているのはごく普通の庶民である。インドネシアのMMAが巷に与える影響は決して小さくないだろうと考えている。