禁煙に向かうインドネシア

インドネシアは「地球最後のタバコ王国」と言われていた。

その表現はいささか大袈裟かもしれないが、確かに喫煙率が高い。成人男性の大半はタバコを吸う国だった。

それはすなわち、この国ではタバコメーカーが強大な財力を持つということだ。そして古今東西、財力は政治力である。大富豪に逆らえる者は少ない。

だが、時代は着実に「分煙」もしくは「禁煙」へ向かっている。

スポーツとタバコメーカー

ところで、前回の記事から筆者が言及している「グラップリング」という競技について、知らない読者のほうが大半だろう。

要は打撃禁止、すべて組技で決着をつける格闘技である。アマチュアレスリングと違って、フォールがない代わりに相手の関節を極めることができる。柔道着のようなジャケットは着ない。見た目が地味な競技だから、なかなか普及しないのだが。

ところがインドネシアでは、ショッピングモールの地上1階でグラップリング大会を定期的に行う。それに協賛しているのは、ジャルムというタバコメーカーだ。

さて、以下の写真を見ていただきたい。

この写真は2013年にジャカルタで行われた、インドネシアン・サブミッション・チャンピオンシップである。この時、無差別級で3位に輝いたのは日本人の臼井悦規選手だ。

そして次は、翌2014年のインドネシアン・サブミッション・チャンピオンシップの表彰式。中央にいるスキンヘッドの人物は、インドネシアマット界レジェンドのマックス・メティーノ。

両者の違いがお分かりだろうか?

2013年の大会では、その大会名にジャルムのブランドとロゴマークが掲げられている。ところがそのわずか1年後には広告規制がかかり、このテのイベントに「ジャルム」という文言を入れられなくなった。

だから、まったく別物のデザインでありながらジャルムを連想させるロゴを作成したのだ。非常に巧みな手段である。

ただし念のために書いておくが、インドネシアの格闘家の大多数、そして臼井選手はノンスモーカーである。

マルボロマンが「現役」だった国

インドネシアは「マルボロマンが現役の国」としても知られていた。

マルボロというタバコは、意外に歴史が浅い。セールス開始は1924年からである。

そもそもは女性向けの商品として展開されてきたが、市場にはまったくと言っていいほど受け入れられなかった。その証拠に、第二次世界大戦のアメリカ兵が吸っていたタバコはその大半がラッキーストライクかキャメルだった。この当時のマルボロはマイナー銘柄だったのだ。

ところが戦後になり、市場ターゲットの大幅変更が実行される。女性ではなく、労働者層の男性に向けたセールスを始めたのだ。

その象徴が、荒野の只中を馬で駆ける「マルボロマン」である。

口数の少ない物静かなカウボーイが、労働の合間にマルボロを吸う。それはまさに、世界の誰しもが理想にしている「剛健実直な労働者の姿」だ。野外でコーヒーを飲み、肉を焼き、タバコを吸う。馬を自在に操りつつ、数十頭の牛を追いかける。マルボロマンが一般大衆に与えたカウボーイのイメージは、今も定着している。

だが、現実のマルボロマンは次々に呼吸器系疾患で倒れていった。

自身もヘビースモーカーだったマルボロマンは、それが故に命を落としたのだ。

しかしそれにもかかわらず、インドネシアの街角ではマルボロマンを主役にしたマルボロの広告がいつまでも掲げられていた。これは国内のみならず、国際社会でも大いに問題視されたのだ。

大統領は嫌煙者

インドネシア国内のタバコ広告規制は、着実に進んでいる。

その上、政治家も今や「タバコを吸わない」ということをアピール材料にしている。ジョコ・ウィドド大統領は禁煙者、というよりも嫌煙者だ。貧困家庭の者が栄養のある食事よりもタバコを選ぶ事実に嘆いている。「タバコは健康に何ひとつ好影響を与えない」と、公の場ではっきり言っているくらいだ。

中にはスシ・プジアストゥティ海洋水産大臣のようなヘビースモーカーもいるが、今後カメラの前でタバコを吸う政治家は少なくなっているだろう。アメリカでは、喫煙者の政治家は選挙に勝てなくなってきている。

インドネシアもそれに従うと考えて、間違いはなさそうだ。